波多野:そうですね、理由はちょっと忘れましたけど……。
ディレクターK氏:2回目のプリプロのときに、すでに二人だけで世界観が固まっていたので、これ以上は余計な要素を入れなくていいよねっていう話になった気がします。
波多野:そうだ、そうだ。そこは鍵だったかもしれない。ただ、おかげでレコーディングでは思っていた以上に作業が多すぎて、大変なことになるんですけどね(笑)。最後の最後で“これは思っていたより大変かもしれない”って。えっちゃんなんてドラム録ったすぐあとに歌ってましたからね(笑)。演奏自体は楽しいんですけど。
波多野:ひと言では言えないけど、すごく本能的に音楽をやってるなって思いました。理屈なんてものは、ものすごく後ろからついてきてる犬みたいなもので(笑)。最初に“なんとなく”って言いましたけど、その打率がすごいんですよ。いろんな選択に関しての“なんとなく”の精度がえらく高い。それは僕が思う音楽の根本的な資質というか、人が持とうと思っても持てないところだなと思って。レコーディングとかホントすごかったですよ、猛獣を見てるみたいでした(笑)。
波多野:そう、やさしい猛獣を見てる感じ。あと、自分の価値基準というか、誰も足を踏み入れることのできない自分の世界をしっかり持ってる人だなって思いましたね。歌詞とか見てると、そこを切り崩して言葉にしているように思えて、だから何気ない情景であっても真に迫るというか、胸を打つのかなと思いました。大きく分けると、タイプ的には僕も一緒なんですよ、きっと。えっちゃんが僕に声を掛けたのってそういうことなのかなって。“なんとなく”がいちばん大きいとは思うんですけどね(笑)。
波多野:すごく抽象的な言い方になるんですけど、えっちゃんの歌詞を見て僕が最初に思ったのって“こういう体験、俺にもあったな”って。でも、そんなはずはないんですよね、なぜなら橋本さんの体験だから。なのに、誰にでもそう思わせる力がある。さっき誰にも踏み込ませない橋本さんの世界があるって話をしましたけど、それってたぶん本来はみんなが持っていて、でも生きていく上でどんどん世間一般の価値観だったり常識だったりにマスキングされて見えにくくなってくるものだと思うんですよ。それがえっちゃんの場合は、ツルッと出てるっていう(笑)。そういうホントは誰もが持ってるけど見えづらくなっている部分を掘り出したいっていう気持ちは、全く表現の仕方は違えど、僕もPeopleをやっていてすごくあります。
波多野:そう。
波多野:たぶん僕はそれを意識的にしようとしている人で、えっちゃんは無意識なんじゃないかな。僕、オタク気質なので研究したんですけど、このアルバムに関して言えばえっちゃんの歌詞って過去のことを歌ってるものがすごく多いんです。なのに、その過去がまったくセピア色じゃないんですよ。むしろ、すごく色鮮やかで未来みたいな輝き方をしてる。僕は逆なんですよね。僕はまだ自分の身に起こってない未来のことを実際にいま起こったように描くっていう。
波多野:ただ、その言葉と自分の距離感、リアルさは二人とも同じくらいだから、作り方は全然違っても一緒に作業していてむしろ話が早かったです。今回の作業中、僕が言った台詞ナンバーワンは“言わんとしてることはなんとなしにわかる”でしたもん(笑)。
波多野:僕も、今回のこの歌詞に確信を持って曲を付けられるのは自分しかいないっていう気持ちになったくらいの充実感がありました。単純に、音楽家として光栄でした、この歌詞に曲を付けられるっていうのは。喜びというか、“橋本、ヤベぇな!”って(笑)。でも、さっきの“怖い”っていうのはすごくうれしいですね。
波多野:しかも、そういうのが自然と出ちゃってるのがまた怖いですよね。
波多野:いや、でもえっちゃんだから、かな。アレンジとかをしていくときの橋本さんの決断って確実に尖ってるほうを選びますからね(笑)。
波多野:僕も橋本さんも特別に奇をてらう気持ちもないのと同時に、既成の型に当てはめて作るっていう発想も初めからないんですよね。もちろん型も大事なんですけど、自分たちなりに作った型でしかやらないというか。今回も1曲1曲、二人で型から作っていく作業だったのがよかったんだと思います。いい意味で、お互いの引き出しを持ち寄るという以前のところから作れたので。
波多野:今はまだ自分たちでも消化するのに精一杯ですけど(笑)。ただ唯一、最初から決めていたのは“時間が経てば経つほど味わいが出てくる音楽にしたい”ということで。単にコラボして仲良く作品を作りました的な、記念みたいなものは絶対にイヤだなと思ったんですよね。作品として10年、20年、一人歩きしてくれるようなパワーのあるものを作ろうって。だから、そうなってるといいなと思います。
波多野:そう思います。聴き手の、そのときの状態とかも鏡のように映し出すアルバムになったんじゃないかなって。
(インタビュー:本間夕子)